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● 同友ふくしま 500号記念座談会

(2021/11/03)

1978年(昭和53年)4月創刊号発刊

加藤昌幸初代広報報道委員長と歴代広報報道委員長との座談会

同友ふくしま500号表紙

同友ふくしま500号表紙

「同友ふくしま」は福島県中小企業家同友会が創立された翌年、1978年(昭和53年)4月に創刊号が発行されました。それから43年、この11月で500号を数えます。
500号記念企画として発刊当時から現在に至るまでの取り組みや苦労、そして歴代の広報報道委員長の取り組みなど、加藤昌幸初代広報報道委員長と県広報報道委員長経験者、現委員長(高橋光彦代表理事、土屋絹子、宮川聖一)での座談会を開催しました。

▲加藤さん

加藤さん

▲宮川さん

宮川さん

▲高橋さん

高橋さん

▲土屋さん

土屋さん

福島同友会創立メンバーのひとり

加藤 福島県中小企業家同友会は、1977年(昭和52年)2月11日に、全国21番目の同友会として誕生したんです。創立当時のメンバーは、46名で、私もそのうちの一人でした。昭和52年は、今と全く同じで、すごい不況で、みんな何かを期待して同友会に集まったんだと思います。

「ないないづくし」のなかでスタートした同友ふくしま

加藤 同友ふくしまは創立の次の年、昭和53年に発行しました。当時の会員は100名もいませんでしたので最初の広報委員は、2人~3人から始めました。

宮川 創刊してから加藤さんは広報委員を何年続けていたのですか?

加藤 私は28年くらい。同友ふくしま300号まで続けました。最初は、毎月は発行してなかったんですよ。会員が少ないものだからなにしろ、「お金がない、人がいない、原稿がない」のないないづくしの中で同友ふくしまを発行しなければならないので大変でしたよ。

広報委員会のはじまり。同友会の仲間を増やす為に広報誌は必要だった。

加藤 広報誌がないと会員募集するにしても「中小企業同友会ってどうゆうかい?」って、同友会の活動を説明しても、言葉だけじゃわかってもらえなかったんです。
その当時、同友会の入会金が2万円、会費が3千円でした。当時の3千円は今よりも貨幣価値が高い。「3千円だったら毎月、自分で本を購入した方がいい」と同友会入会を断られましたね。このままではイケないと思って、形になるものを持たなければ同友会の仲間を増やしていくにも広報誌が必要ではないかと思いました。この時から理事会はありましたから、丹治一郎さんや大槻順一さんなど当時の理事の皆さんで話し合って、会報をつくるということで広報委員会が誕生したんです。

悩みながらも「毎回楽しみにしてます」の言葉にうれし涙

加藤 広報誌は無我夢中で、活動してきましたが、3号ぐらいで仕事が手につかなくなってしまって、「俺、広報委員長やめる」って言って、丹治さんや大槻順一さんになだめすかされてやってはいたけれど、悶々としてノイローゼになるぐらい悩みました。
そんな頃です。忘れもしませんが、うすいデパートの前を歩いていたら、後ろから肩をポンポンと叩かれて、その人は同友会のメンバーでした。「加藤さん、仕事の都合で同友会に出られないけど同友ふくしまを毎回楽しみにしていますよ!」と言われたのです。涙がでるくらいうれしかった。これがきっかけで会員さんの為の会報だと覚悟を決めました。

土屋 そのときに使命感を感じたんですね。

マスコミとの懇談会を開催

加藤 同友会の活動を進めていくにつれ地域の企業や人々に、福島同友会がどのくらい認識されているかどうかということが課題となってきました。知り合いの経営者に仲間になってもらおうにも、同友会を全然知らない、名前は聞いたことがあるがどんな会なのかわからない、といった声が多く聞かれました。社会認知度を高めるために、創立10周年目に第1回マスコミとの懇談会を開催しました。第1回目はトラブルがありましたがそれから定期的に懇談会や取材依頼など関係性などを深めていくことで、記事を掲載してもらうようになり、会員増強にもつながりましたね。

宮川 高橋代表理事、土屋広報報道委員長は、広報報道委員会の活動で印象に残ったことはありますか?

地域を良くするためには、企業や行政、他団体との連携が必要

高橋 広報報道委員長時代に、中小企業憲章・中小企業振興条例の意義と重要性について、会員の皆さんにわかりやすく伝えられないかということで、中小企業庁へ訪問し、蓮井氏にお話しを伺いました。中小企業憲章に基づいた支援策の数にも驚きましたが自治体によって、中小企業関連の課の職員が異動により活動してきたことがうまく引き継ぎできなかったりするケースもあります。取材で関係する職員がずっとその課にいるという自治体の事例も聞いてすごいなぁ!と思いましたね。そんな仕組みをつくることができれば、地域で商売をする経営者
が、行政、他団体と連携して地域を良くする取り組みに繋がるのではと思いました。
我々中小企業は、求めるだけでなく、地域の人々や行政に信頼・信用されなければならないといけないとも思いましたね。地域との関わり、地域密着の重要性について非常に勉強になりました。
広報報道委員会の活動や政策委員会の活動を通して、地域密着の大切さを学びました。当社でも11 月から福島市の特産物を使いたいということで、桃の炊き込みご飯の工場の稼働や福島の地鶏、伊達鶏もECサイトで販売など、地域の魅力を全国に発信することにも繋がりましたね。

広報報道委員長を通して様々な出会いに感謝

▲国際連合大学本部ビル前にて

国際連合大学本部ビル前にて

▲中小企業庁前にて

中小企業庁前にて

土屋 2019年から県広報報道委員長をさせていただいております。その年の同友会活動事業に、「持続可能な開発目標『SDGs』の学習と実践に取り組もう」というのがありました。広報報道委員の皆さんもその時初めてSDGsという言葉を知ったんですね。そこでSDGsに詳しい国連広報センターの取材を提案し、最初は国連広報センターへの取材は断られてしまうのではないかと思いましたが、先方から快諾いただき、40年以上活動している同友会の歴史があるからこそ、取材が出来たのだと思っています。国連広報センター事務所では、女性7、男性3名という割合の事務所で、よく誌面などでは輝く女性の文字を見ますけれど、言葉だけじゃなくて、まさに輝く女性達がおられまして素晴らしい体験(取材)をさせていただきました。
全国の広報委員会では、兵庫同友会の西広報報道委員長に出会い、デジタル関係は苦手だった私ですが、福島でもデジタルを活用した動画配信にチャレンジしようというきっかけにもなりました。広報報道委員長をさせていただいて、想像以上のことを体験させてもらい、有難いなぁと感謝しております。

▲国連広報センターに伺いました

国連広報センターに伺いました

これからの広報報道委員会、同友ふくしまに求められること

加藤 同友会の広報誌だから、あくまで3つの目的に沿った広報誌にしないと、業界紙、娯楽誌になってしまう。硬くなっても、やわらかくなっても良くないし、いつも3つの目的からはずれないような内容で発行していましたね。
全国(中同協)の広報委員会とか中小企業家新聞に出ているでしょ?あの委員会に参加して、いろんな県の話を聞くんですよ。すごい勉強になるし。今でも全国の仲間と酒を酌み交わすのが楽しかった事を思い出します。他県の方々とも交流することや見て楽しい誌面づくり、写真など登場人物を多くする等々。必ず誌面に出た人は読者になりますよ。

宮川 皆様から座談会を通して、同友会ふくしまの歴史、報道各社への取材やマスコミ懇談会により、同友会の知名度は徐々に上がってきたことがわかりました。あくまで根底にあるのは同友会らしさ(3つの目的に沿った誌面づくり)を大切に、各支部の課題もありますが、加藤さんの想いを引き継ぎながら、皆さんが関わりたい委員会、機関紙を目指していきたいと思います。
本日は、お忙しい中お時間をいただきありがとうございました。






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